新聞の「コータリンは要介護5」はコラムニスト神足裕司さんがくも膜下出血に倒れた後執筆されているものです。そのある日の記事から・・
病人というのは、どうも弱い。医師から病気の説明される時、お父さんに怒られた幼児のような気持ちになってしまう。「だってこうなんだもん・・」となかなか言い出せず、黙って話を聞く。
ほとんどの場合は専門知識がないから、話の内容を大筋としてとらえ「そんなもんか」と思う。うちに帰っていろいろ調べたり、友人の医者に聞いてみたり。それでもなかなかわからない。
自分の身体と命を、出会って間もない、ボクのことをよくわかっていない医師に預けるのだ。たとえ命に別状ない病気だとしても、それは大変なことだよなぁと改めて思う。
以前出会った医師にすごい人がいた。まず、こちらの話を聞いてくれた。今どうなのか?何が不安なのか?それは全部ノートにメモされ、一つ一つ説明してくれた、傾聴。ものの15分。
それで、僕はこの医師に絶大の信頼を置くことになった。当たり前の話なのだが、当たり前ではない。
という記事でした。以前私が、病院の環境をよくする会(癒しの環境研究会)に属していた時、」いろいろな病院を見学する機会がありました。患者さんとのコミュニケーション重視するある病院で「いくら説明しても、点数にならないのです。でもこの相互のコミュニケーションなしでは医療は成り立ちません」と仰られたことが今でも心に強く残っています。このような病院は稀でそれほどスピードと効率ばかりが優先の時代もありました。背に腹は代えられないといっても人を診る医療ですのに・・。
新聞で拝見したこの記事・このコータリンの言葉は重いです。