冬景色

少しずつ春めいて沈丁花が咲く今日この頃、季節は戻りますがこのような投稿がありました

「さ霧消ゆる湊江の・・」で始まる唱歌「冬景色」。文語調の歌詞のせいで、子どもの頃は意味もよく分からず歌っていた。ただ、分からないながらも好きで冬によく歌った。書道教室でこの歌詞を毛筆で書くことにしたら、歌詞を味わう楽しみを感じるようになった
例えば「小春日」にほっこりし、「人は麦を踏む」におそらく今の子は麦踏みを知らないだろうな、などと思いながら、昔見た畑の光景を思い出す
ことに3番の最後「若し燈火の漏れ来ずば、それと分かじ野辺の里」には深い郷愁を感じる。子どもの頃、近所の友だちとよく遊んだ原っぱがあった。冬の日暮れは早く、原っぱの辺りに点在する家の灯りがともる頃、名残りを惜しみつつ家路についた。原っぱから見える丘の上の家に灯りがつくと、夢中で遊んでいても帰る時間が来たことに気づくのだ
今は住宅地になってしまったが、当時は田畑の間を小川が流れ、のんびりした里の風景が広がっていた。「冬景色」の歌詞は遠い日の思い出をよみがえらせ、日本語の味わい深さを教えてくれる
        愛知県 77歳の方の 2月14日の投稿でした

ホームにいる母がこの投稿を読んで、以下そらで歌い切りました、もちろんアカペラで・・

さ霧消ゆる 湊江の
舟に白し 朝の霜
ただ水鳥の 声はして
いまだ覚めず 岸の家
 
烏啼きて 木に高く
人は畑に 麦を踏む
げに小春日の のどけしや
かえり咲きの 花も見ゆ

嵐吹きて 雲は落ち 
時雨降りて 日は暮れぬ
若し燈火の 漏れ来ずば
それと分かじ 野辺の里

今日は何日かしら?何曜日?の母ですが、三番までそらで歌えるのですからすごいことです
私の方が、漢字を変換しながら追いつくのが必至でした・・
日本語の奥深さ、豊かさ、言葉のニュアンスの素敵さ!
うっすら情景が目に浮かんでくるから不思議です

そもそも、さ霧って?早朝の霧でしょうか?冬の夜明け頃の入り江の静けさでしょうか・・?そう思いながら歌詞を辿っていくのも、一興です、楽しいかもしれませんね
この投稿のおかげで、ずいぶん母と会話が弾みました‥と言うより、母が当時の自分に戻れ、自信もって話す様子に、なんて楽しそうなんだろうと、こちらまで嬉しくなりました