器はまだ空っぽなのに、期待というものがすでに盛られているのを感じます
石垣りん
瀬戸物売り場をのぞいていると、何かを誰かと食べる情景を想像し、心が浮き立つと詩人は言う。土が焼かれて品になるところが、焼かれて土になる人間と逆コースながら似ていて、肌身に近いところがあるし、人の徳分や、みめかたちを表す語が「器量」であることも面白いと。人の器量はその容量に表れ出るらしく、「懐が深い」ともいう。随筆集「焔にてをかざして」から
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器はまだ空っぽなのに、期待というものがすでに盛られているのを感じます
石垣りん
瀬戸物売り場をのぞいていると、何かを誰かと食べる情景を想像し、心が浮き立つと詩人は言う。土が焼かれて品になるところが、焼かれて土になる人間と逆コースながら似ていて、肌身に近いところがあるし、人の徳分や、みめかたちを表す語が「器量」であることも面白いと。人の器量はその容量に表れ出るらしく、「懐が深い」ともいう。随筆集「焔にてをかざして」から