山藤章二さんを悼む  東海林さだお

暑さが残る中金木犀も咲いたりする今年の秋、著名な方の訃報が届く猛暑後でした。9月30日に亡くなった山藤さんへ寄せられた、東海林さだおさんの追悼文です

山藤さんはまっすぐにものを見る人だった。
まっ直ぐに物を見て、まっすぐに表現する人だった。
小細工はしない。
だが”ズケズケ”と言うのともちがう。
歯に衣着せぬ、と言うのとも違う。
ありのままをありのままに表現するのだが、ありのままをどう捉えるか。
そこのところに”山藤流”があった。
山藤さんは相手を鋭く指摘する。
批評はとかく切り捨てゴメンになりがちである。
山藤流はそこのところを独特のユーモアにもっていく。
ユーモアに持っていくので、鋭く指摘された人の心は緩む。
緩んで安心する。
安心するのでつい頷いてしまう。
頷いたついでに、つい、ニヤリとしてしまう。
自分の事なのに、つい、ニヤリとし、苦笑し、その苦笑が,いつのまにか。肯定の苦笑になっている。
山藤さんは自分のことをしばしば「戯れ絵師(ざれえし)」と称していた。
世間一般で言うならば「イラストレーター」。
それをわざわざ「戯れ絵師」。
「戯れ」るは「ふざける」。
「絵師」に至っては何をかいわんや。
まさに江戸時代?鎌倉時代?
そういう反逆精神を常に忘れなかった。
忘れなかった、というより、心掛けていた。
山藤さんには世間一般ではあまり評価されていない一面がある。
あまりに当たり前なるがゆえにみんなが気がつかない面。
それは山藤さんの描く似顔が本人によく似ているということ。
実によく似ている。
当代随一、天下一品、唯一無二。
こんなこと(似顔が本人に似ている)をわざわざ書くのは、本人に似てない似顔を描いて平然としている人がいかに多いか、ということを言いたかったからである。
そしてまた、本人に似せて描くことがいかにむずかしいか。
本人に似せて描くことがいかに研鑽が必要か、ということを言いたかった。
そういうことを含めて、山藤さんは”さりげなさ”を大切にしていた、ように思う。
大げさを嫌った。
大げさは粋じゃない、と思っていたような気がする。
「戯れ絵師」はいかにも時代にそぐわない。
そぐわないし大げさである。
そぐわないし、大げさと知りつつ戯れ絵師を名乗る。
只者ではない。
また一人、「只者」が消えて行った。残念。