この9月に折々のことば3088・多田富雄さんの言葉を紹介しました。その中に、以前私たちが予防歯科発会の折、基調講演として免疫の第一人者でおられた多田富雄先生の難しいお話しに戸惑いながらも、「サイトカイン」という言葉だけは覚えていて、先ごろのコロナ蔓延でサイトカインストームという言葉に触れ、「あの時のあれだ!」と感じ入ったと書きました。またその後多田先生は脳梗塞患われ、専門部署にご意見申し述べたことを知りその内容知って尊敬申し上げたとも書きました。その記事が見つかったので遥か18年前のものですが、ご紹介したいと思います
・診療報酬改定、リハビリ中止は死の宣告 多田富雄 東京大名誉教授 2006年朝日新聞オピニオンより
私は脳梗塞の後遺症で、重度の右半身まひに言語障害、嚥下障害などで物も満足に食べられない。もう4年になるが、リハビリを続けたお陰で、何とか左手だけでパソコンを打ち、人間らしい文筆生活を送っている。
ところがこの3月末、突然医師から今回の診療報酬改定(2006年)で、医療保険の対象としては一部の疾患を除いて障害者のリハビリが発症後180日を上限として、実施できなくなったと宣告された。私は当然リハビリを受けることができないことになる。
私の場合は、もう急性期のように目立った回復は望めないが、それ以上機能低下を起こせば動けなくなってしまう。昨年別な病気で3週間ほどリハビリを休んだら、以前は50㍍は歩けたのに、立ち上がる事すら難しくなった。身体機能はリハビリをちょっと怠ると瞬く間に低下することを思い知らされた。これ以上低下すれば、寝たきり老人になるほかはない。その先はお定まりの衰弱死だ。私はリハビリを早期に再開したので、今も少しづつ運動機能は回復している。
ところが、今回の改訂(2006年)である。私と同様に180日を過ぎた慢性期、維持期の患者でもリハビリに精を出して居る患者は少なくない。それ以上機能が低下しないよう、不自由な体に鞭打って苦しい訓練に汗を流しているのだ。そういう人がリハビリを拒否されたら、すぐに廃人になることは、火を見るより明らかである。今回の改訂(2006年)は、「障害が180日で回復しなかったら死ね」というのも同じことである。実際の現場で、障害者の訓練をしている理学療法士の細井匠さんも「何人が命を落とすのか」と3月25日に書いている。ある都立病院では,約8割の患者がリハビリを受けられなくなるという。リハビリ外来が崩壊する危機があるのだ。
私はその病院で言語療法を受けている。こちらはもっと深刻だ。構音障害が運動マヒより回復が遅いことは医師なら誰でも知っている。1年経ってやっと少し声が出るようになる。もし180日で打ち切られれば一生話せなくなってしまう。口蓋裂の子どもなどにはもっと残酷である。この子らを半年で放り出すのは、一生喋るなというようなものだ、言語障害者のグループ指導などできなくなる。
身体機能の維持は、寝たきり老人を防ぎ、医療費を抑制する予防医学にもなっている。医療費の抑制を目的とするなら逆行した措置である。
それとも、障害者の権利を削って医療費を稼ぐというなら、障害者の為のスペースを商業施設に流用した東横インより悪質である。
何よりも、リハビリに対する考え方が間違っている。リハビリは単なる機能回復ではない。社会復帰を含めた、人間の尊厳の回復である。話すことも直立二足歩行も基本的人権に属する。それを奪う改定は、人間の尊厳を踏みにじることになる。そのことに気づいて欲しい。
今回の改訂によって、何人の患者が社会から脱落し、尊厳を失い、命を落とすことになるか。そして一番弱い障害者に「死ね」と言わんばかりの制度を作る国が、どうして「福祉国家」といえるのであろうか。
以上2006年4月8日朝日新聞オピニオンより
多田富雄 1034年生まれ。医学博士(免疫学)「生命の意味論」「独酌余滴」 等著書多数。
脳梗塞の後遺症と闘いながら、ご自身だけでなく人々のことを考え、人の尊厳に言及し、国の策を憂いてこのような発信なさったことに頭を垂れます
この20年近い間に、病に伏す方々に光は当たるようになったのでしょうか?先日引用しご紹介した「医のアート」にも、医療はプリンシプルと現実のハーモ二イ、かみ合い。プリンシプルを立てる。そのプリンシプルを適用する時はいつもインディビジュアル(個別的)と1997年日野原先生、犬養道子さん共著の本にもありました(先月23・24・25日ご紹介しました)