どこからか言葉が  谷川俊太郎

二月

柔らかい苔を踏んで死者は歩む
まだどこかへ行こうとしているのか
生が成就したことに気づかずに
ひっそりと死者は行く

置き去りにした愛する者たち
いのちは息づくことをやめない
執着も未練も枝を離れて風に舞い
穏やかな足取りで死者は歩む

遮るものは何一つない
青空と大地が夢のように懐かしい
好きだったアンダンテの
あの始まりの数小節のように

生者を虜にする「意味」の
何?も何故?も放下して
無言の含羞のままに
隠された秩序へ死者は向かう

声をひそめる者はいない
明らめがほのかに照らす道
過去の物語に送られて
死者は歩む

            谷川俊太郎さんの書き下ろしの詩 二月 
    立春過ぎても寒さの中にあって、でも陽の光に春の気配もたまにはあり
    最後の 明らめは 晴れ晴れ 心明るく と感じ入った・・