「年だから」つい言ってしまいがちなこの言葉
そうなんだけど・・でもモヤモヤ・・な方多いのではないでしょうか?
鏡を見る度、散歩中にお店のガラスに映る、背の丸まった自分にハッとしたり・・
「誰?あれ?私!?」って(笑)
最近、ふと、若い頃とは違う体の調子に気づいたり、アラッやだ!の連続です
しかしながら、元気づけてくださるこの方の文章読んで、まっ「仕方がナイチンゲール」と素直に思いました。「コトノハメクリ」玉置妙憂(看護師、僧侶、ケアマネージャー)さんです、以下抜粋です
長く歩いてきたからこそ、わかることがあるはずです。時を重ねたからこそ、見える景色が必ずある。人の気持ち、世の中の仕組み、この世の道理。諸行無常の中で、この私と言う存在がほんの小さな一点に過ぎないと知る年頃になった今だからこそ、隣を歩く人にやさしい言葉をかけられるはずです
「お元気ですか」
「なにかお困りですか」
「お話、聴かせてください」
その道のりは決して特別ではなく、むしろ日々の暮らしのなかにこそ、その入り口はあります・・と
朝目覚めて「今日も目が覚めた」という小さなよろこび。お湯を沸かし、お茶を入れ、その湯気の向こうに季節を感じるひととき。そんな瞬間に「生きている」という事実が静かに輝きはじめます。確かなあたたかさです
年を重ねるとは、できないことが増えることではなく、見えるもの、感じられるものが深まるということ。若い頃には気づかなかった他人の痛み、見過ごしていた自然の美しさ、言葉にならない祈りのような思い、それらを受けとめる力が、静かに育っているということなのです
焦らず、比べず、自分の「いのちの時計」が刻む音に、耳を澄ましてまいりましょう。その音のひとつひとつが私たちを導いています。そして、もしも心がくたびれてしまったら、そっと自分に語りかけて下さい
「よくやってきたね」
それが、もっともやさしい、悟智(真実を見る叡智)である・・と
年を重ねるとは、できないことが増えることではなく、見えるもの、感じられるものが深まるということ
そのことを大切に、丁寧に心豊かに、笑ってすごしたいとおもったことでした・・・
「よくやってきたね」
私流に「いいじゃん!」
「にもかかわらず笑う」デーケン先生の言葉と共に、「よくやってきたね。いいじゃん!」
元気出ませんか・・?
おまじないも大事大事・・
