七月初めに、テレビの画面上で、本庶佑先生がかなりハッキリした口調でおっしゃっておられました。
各自が意識高く
モラル高く
やるしか手だてがない
今また、コロナ感染者急増のなか、胸に刻みました。
健康応援ブログ
七月初めに、テレビの画面上で、本庶佑先生がかなりハッキリした口調でおっしゃっておられました。
各自が意識高く
モラル高く
やるしか手だてがない
今また、コロナ感染者急増のなか、胸に刻みました。
弘法大師様、真言宗の教えで大切なのが「三密」だそうです。
身密・口密(くみつ)・意密の三つ。
「密」とは、弘法大師が唐から伝えた密教の密を指し、仏と一体になる修行を意味するとか。
からだや行動(身)を整え、言葉や発信(口)を正しいものとすれば、おのずと心や考え(意)も整う。三密を研ぎ澄ませば、この世であっても心穏やかに過ごせると。
コロナと共存せざるを得ない今、このことをうまく生かすことが出来ると。
「身」 行いに関しては手洗い励行です。身勝手な行動も慎みましょう。
「口」 うがいをしっかりする。悪口や差別を口にしたり、ネットに書き込んだりしては
いけません。
「意」 不安な中で自分の心を見つめましょう。マスクをするなど他人への気配りや、医
療関係者への感謝も忘れずに。
こう考えるとこの三密とは、よりよく生きる為の教えだと、猪苗代町 寿徳寺住職・松村妙仁さんのことばです。
福島の震災を経て妙仁さんは、震災でもコロナ禍でも多くの方が犠牲になった。そうした人たちに思いをはせつつ、自らは、ちょっと立ち止まって、心を見つめ直す。そうした機会ととらえれば、新しい世界が開けてきますと結んでいます。
こうして伺ってみると、ごく当たり前の事で、仏教云々の前に私が忘れていただけなのかも?と思えてきます。出来ることを、きちんとやりたいと思います。
(雑誌のエッセイより勝手な抜粋です)
感染者ゼロにならない中、アフターコロナという言葉もよく聞かれるようになった。全世界共通認識として、ここで一度本格的に立ち止まるべきでないかと私たちは考えている。サスティナブルな生活へと舵を切らねば、同じ災厄が起こるのではないかと。あるいはこの停滞を打ち破って、コロナ以降の世の中で頭角を表そうと張り切る人たちもいるだろう。
どちらにせよ、コロナ禍の最中にいやおうなくとどまっている。ステイホームとは言い得て妙で、まさに経済も交際も娯楽も無駄な散歩も親孝行も何もかも、ステイさせられていた。
この「ステイ」の体験こそが人類を変えると思う。どんな動機を持ってる人であれ、私たちはみな「立ち止まらされた」。
けれど、急に外に出るなと言われ、割と同じような気楽な服で過ごし、自分の本当に好きなレトルトは何かに気づいたり、ズーム飲み会をしてみたら誰と気が合うかが違って感じられたり、あんなにおっくうだった腿のトレーニングにいそしんでみたり、読まずに放っておいた文学に手が出てみたり、どうしても花屋の店先で花束が欲しくなったり、朝起きた窓の外で小鳥がよく鳴くことにときめいてみたり。
それはみな、「立ち止まらされた」から出てきた変化である。驚くことに、人間はほんの二週間も「立ち止まれば」生活が変わる。考え方が変わり、あれよあれよという間に固い皮がむけて、学生時代の自分のみたいなものが出てくる。逆に言えば、私たちは「走らされてきた」のであり、その間に自分の好きでもないことに背中を押され続け、不本意な暮らし方を受け入れていたのだ。
それが、いまは違う。もしアフターコロナになって以前と同じように「走らされて」も、もう私たちは「立ち止まった」時の自分たちの変化を忘れることはできない。
これは地球規模でそうなのである。・・・・グレタさんが言ってたのはこういう気づきのことだった、と私たちはもう体感で十分知っている。
収入の問題はある。しかしなんとか切り抜けられるなら、そのあとに私たちが要求すべき世界像へ共に向かおうではないか。すでにその力が今、「立ち止まって」明日を待っているというべきだと私は思う。
・・・このエッセイ読んで、近所の本屋さんに
カミュの「ペスト」と石牟礼道子さんの「苦界浄土」を注文しました。振り返り後ろを向くでなく、前に進むために、貴重な教訓に耳傾けるのも必要・・かと。
ある患者さんは、緒方貞子さんの本を持参されていました。
どなたも、この貴重な機会を前に進めようとしてるんですね。同じ気持ちです。
不自由さと辛抱が、学びを得て!次のステップへと生きますように!
感染者がまた増えている今こそ、手洗い・ソーシャルディスタンス・立ち話などでお喋りは控える・・等など、三月・四月のあの凄まじい時、有名な方々が亡くなってショックを受けた時を忘れず、端折らずに、丁寧にやることやって乗り切りましょう。
私一人は、決して一人じゃないことを心にとめて・・。
これっていつの?
かの昔 スペインで面白がって買いました。
ジョークとは言え、予防が言われる今とんでもない絵ですよね。でも何故か笑える!風刺したようなタイル画ですが、今のこの時期単純に笑ってしまい、なんだか呆れてふ~っとなりました。
stayホームで子供たちにも少なからず、からだに微変が生じてるようです。からだを動かしてすき~に遊べない昨今ですし、高齢者もお外に出られず刺激もなくて、足腰だけでなく、心身に不調が目立っているようです。フレイルです。オーラルフレイルも心配ですね。
ある記事でこんなこと言ってました。
笑うだけ、電話で話すだけでも「オキシトシン」出るそうです。オキシトシンは別名 ♡幸せホルモン♡ ですね。
そうかぁ~。
生身のコミュニケーションがどれほど大切か?コロナで思い知った私です。
皆さんそうではないでしょうか?
いろいろ便利なものを使いこなしながら尚且つ、「密にならぬ工夫して」生身のコミュニケーション失わずにがんばりましょう。
再考すべき”当たり前”と、工夫して残すべき”当たり前”をみんなで考え、思案しつつ前に進んでいくといいですね。
考えるのも、又楽しからずや・・。
頑張りましょう
題名読むとドキッ!ですよね。
村上和雄先生はずっと前から何かと気になる先生で、この本は2008年に買いました。
この題名ですから買うとき勇気いりました。でもすごい本なのです。英語で副題付いていて、Stay Honest , Stay Stupidとなっています。
村上先生は元々遺伝子研究者で「くさらない、おごらない、屈しない」と常に書いてらっしゃいます。サムシング・グレートと言う生命の摂理にしたがって、私たちは生きているのではなく、生かされているのだと自覚すること。それが人間のおごりや思い上がりを抑制して、私たちに節度やつつしみ、「おかげさま」の心をもたらしてくれることは確かだと思う・・と。
一つ、心にとどめておいていただきたいのは、目に見えるものだけを信じるあまり、目に見えないものは「存在しない」と切って捨てないことです。生命思考の観点からは、命にとって大事なものほど目に見えないものかもしれない。
そうした創造力の余地を残しておくことは、私たちの思考に幅や余裕を与え、生や命を充実させてくれるはずだからです。何度読み返しても手放せない・そばに置きたい本です。
久しぶりに引っ張り出したムナーリの本。
どのページもハッとするけれど今日の気分はこのページ
あなたが食べている その卵
それ ニワトリから生まれたんだよね
私たちのなかに
どのくらいのニワトリがいるものかしら
その目つきとか
その歩き方とか
その態度とか
あなたが食べている そのハム
それ もともとブタのからだの一部だったんだよね
私たちの中に
どれくらいブタがいるものかしら
その食べ方とか
その鼻息とか
そのどん欲さとか
貧しい芸術家は
ごみ箱の中から見つけた
ちびた鉛筆で
素晴らしい詩を書く
金持ちの芸術家は
純金のペン先のついた
高級万年筆で
つまらない詩を書く
なんで今、この二編の詩を選んだか自分でも不明
でも ムナーリって
子どもの心を 一生のあいだ
自分の中に持ち続けるということは
知りたいという好奇心や
わかる喜び 伝えたいという気持ちを
持ち続けるということ
って
背表紙のことばにある なぜか共感。
コロナの不安の中
本はありがたい・・
自粛解除になっても消えない不安。というかこのところの都内はじめ、感染者の増加に不安な日々。
3月からの休診や時間変更余儀なくされた毎日過ぎても、やることはやり、やってはいけないことは律義に守ろうと暗中模索の毎日。
一時期流行ったこのスナック、食べ忘れてこっそり出てきたけど、タラタラしてるわけじゃないよ!って感じです・・。
このスナック見て笑い飛ばした昨年が懐かしい。
「笑う!」「冗談を言う」って余裕ないと出来ないものですね。でもでも「にもかかわらず笑う!」と、あのアルフォンス・デーケン先生はおっしゃった。
そうだそうだ、何でもいいから笑ってみましょう。
からだも気持ちもほぐれそう。
今朝出勤する時、アゲハがヒラヒラ飛ぶのを見つけ、暫し車に乗るのを忘れ見入ってしまいました。何処かに柑橘類の木があるのでしょうか?
アゲハを見ただけで嬉しくなっちゃう自分を笑いました・・。
自由に飛ぶ姿羨ましかったんですね。
きっと!
タラタラするときも、ダッシュするときも両方あったっていいですよね。
人間だもの・・。
でも、今の現状、国が言っても言わなくても、一人一人が「意識高く!
モラル高く!」ブレーキかけながらやるしかないですね。
端折れない!
今の状況踏まえ、こんな提言をされました。
先ず、命に向きあおう! 中村桂子さん
思いがけずつけたテレビで、科学者である中村桂子さんがこのように
発言されていました。
「人間は生き物であり、自然の中にある」この「当たり前」の
原点から、東日本の震災を経験したのに我々は再生できているか。
科学者が一個の人間であることによって出来ることがあるのでは
ないか・・と。
科学者が人間であること(岩波新書)という本を書かれているそうです。
探してみようと思います。
今一時、終息したかに見えるコロナですが、この頃の感染者増加を見るとそうとも言っておれません。第二波が心配される中、国のリーダーシップに「?」極まりないこの頃です。
少し前ですがこの記事では、「コロナ禍で、良識の代弁者として称賛される世界の女性リーダーたち」とあります。カリブ海のシント・マールテンで感染者数が増加し始めた時、シルベリア・ヤコブス首相は後手に回るどころか、迷いのない迅速な指揮をとり、国民へのビデオメッセージでは、単刀直入な指示をだした。
「Simply・Stop・Moving(シンプルに、動かないでください)。もし家に好きなパンがないなら、クラッカーを食べてください」
この的確な言い方のおかげで、たちまち話題になった。ヤコブス首相はじめ、複数の女性リーダーがvoices・of・reason(良識の代弁者)として高い評価をうけている。
その他ニュージーランドのアンダーソン首相・ノルウェーのソルベルグ首相・アイスランドのヤコブスドッティル首相・ドイツのメルケル首相・そして台湾のツァイ総統が、コロナを抑え込む為に取った行動が紹介され、国民とどのようなコミュニケーションしたかが書かれている。
彼女らが今回の危機で示したリーダーシップで共通したのは、「冷静さを保つこと」「効果的な一貫性あるメッセージ」「迷いのない断固とした行動」。
彼女達が国民の不安と心配にempathy(共感)を示す姿勢が見受けられ、又国民の印象に残るような演説も目立ち、科学に基づく論理的な判断も共通している。
この女性リーダー達が注目を集めている大きな理由の一つは、彼女らの行動とその結果が男性リーダーたちと、著しい対照にあるからだと。
世界で最も突出したリーダーと言われる人達でも、ウイルスへの対応は「大言壮語」で、中にはウイルスの拡散を許してしまった失策もあり、批判の的となっていて、母国トランプ大統領を見ていると、リーダーの影響を強く感じ物悲しい思いとロッシェル・カップ氏は書いている。
日本でも識者や政治家の間でかなりの混乱が見えたが、極めるところ生活感をもち!尚且つ良識もって一貫性のある的確な発言できるリーダーが居ないことに気づかされた事は、悲劇を招いたが、この気づきをどう私達が生かすかにかかっていると思う。日本の奥ゆかしい文化はそれとして、有事にあって、曖昧模糊はいけない!とつくづく思う。
「谷中の茎切ります?」「ううん、切らなくていいわ」「消臭剤にするの?」只積み上げ並べた八百屋さんの奥さんとの会話。このお店毎日売りっ切りなので、とても新鮮!です。
谷中生姜も程よい太さ。早速ぬか漬けにしました。一緒に買った蕪の柔らかいこと!葉っぱもぬかに漬け、刻んであったかいご飯にのせるのが我が家風。この八百屋さんの蕪は大きくても筋もなく、柔らかくて甘い。
こんなちょっと漬物があると幸せですよね。谷中生姜も最近は知らない方多く、葉生姜?と言われると私は何だかピンと来ません。茎を切って匂いを嗅ぐと初夏のかおり・・。
よく父達と森戸の海に行く時は、おにぎりに添えて、胡瓜のスティックと谷中生姜も一緒で、お味噌をつけて頂きました。暑い夏にとびきり美味しいしょっぱさと爽やかな香りとピリッとした辛みでした。以前飼っていたダックスフントの雌が、何故か谷中の香りが好きで、茎と葉っぱにからだを擦り付け、白目出して夢心地になってた不思議な光景を思い出します。
食べ物って、何故かあの時この時のストーリーがあって又違う楽しさ美味しさですね。
暑い夏が来ました。
演奏会が出来なくなった今日この頃、ある夜NHKで沢山の音楽家のメッセージが音楽と共に流れました。
指揮者の井上道義さんはいつも音楽を通して何か強いメッセージを下さる方ですが、この日は又特別でした。そして、敢えてショスタコービッチの11番を演奏しました。
演奏する方々も表情が違います。
「ショスタコービッチはこの音楽を通して、このあとどうするの?」と聞いてるんだよね!と・・。
コロナで今までの当たり前が、当たり前でなくなり戸惑う私達に、音楽通して問いかけられている気がした晩でした。
音楽の力ってスゴいものです。
先日ETV特集で心温まる番組をみました。
台湾の要人の方ですが、お名前は失念しました。何でも副総統を退任されたばかりで、大きな退職金は辞退されたとか・・。コロナ封じ込めの秘策や大改革を話されました。情報開示と国民への理解を求めたこと。専門家を責任者として処遇した体制等など。
コロナを経て、「共感は連帯の心」と仰っておられました。
その上で、自分で感染を申告できる、今後正しい知識を持つように・・と。
それには、「知恵と慈愛が必要」と述べておられました。
どこかの国のレベルと全く違う政府高官の発言を、深く、強く受け止めさせて頂きました。道傳愛子さんの品の良い、的を得たインタビューが光っていました。
「知恵と慈愛」
忘れないようにいたいと思います。
自粛解除になっても、何かと心穏やかならぬ今日この頃です。みなさまはいかがお過ごしでしょうか?
5月中旬より診療再開しました。
といっても、やれる範囲・できる範囲での診療です。
久しぶりにお会いする方々の、お元気なご様子に安堵すると同時に、「オヤッ!」と思われる微変ある方も見受けられ、ヒヤッとすることも度々でした。
といいますのも、いつもお願いしている”うがい・手洗い”の手順がのみ込めない方、出入り口で戸惑う方、会話のやりとりがおぼつかない方等など・・。
ある親御さんからは、お子さんの今までにない身体状況の変化のご相談を受けました。
お子さん方も、ステイ・ホームの間おりこうさんにしていて静かになってしまったお子さん・逆に、外出が久しぶりで、他人に久しぶり会ってはしゃぐお子さん・・。
大人も子供も、ステイ・ホームは今までに経験のない時間だったと推察されます。
ソーシャルディスタンシング心がけながら、今の状況と、大変だった三月四月のお過ごしになり様を、ゆっくりと伺い、できるケアに努めています。
それにしても急激に太られた方が多く、ストレスも加味して、動脈浄化・糖尿病・心疾患等など心配です。メンタルケアが必要な方も見受けられます・・。
しかしながら、長年のメンテナンスを経て、当院にいらっしゃるのは数カ月に一度でも、「ホームケア」を心得た方が多く、来院できない時にも、おうちでのケアを頑張ってらした方が殆んどで、お口の中に大きな変化はない方が多く、安堵しました。
反対に、日ごろからホームケアの手を抜きがちな方、いいやいいや・・で忘れてしまう方などは、ビックリすほどお口の中が汚れていて、体調も優れぬご様子でした・・。
事々左様に今回のコロナで、お口のケアが如何に大切か!!もっと大切か!が浮き彫りになりましたので、皆様とともに今後に備え、ホームケアの大事さ・ご自分のからだにもっと関心持つこと!を肝に命じるチャンスにしたいと思います。
開業当初に看板に書いた「歯も大切なからだの一部です」は今も変わらずですが、全身の入り口であるお口の中に関心持ち、ご自分でやれる事はきっちりなさって、その上でプロケアを受け、恙無い日常を維持する。年齢重ねる中で、「より効果的なお手入れ」を受け入れ、関心持って手を抜かない・・事かもしれません。
その為に、患者さんと私達はコミュニケ―ションを十分とる必要があり、歯科医院にはセラピストの意味合いも含まれる・・と感じています。
しかしながら今後のコロナの動向により、対面のチャンスは減るでしょうが、”自ら会得されたご自身のお口のケア”と、”ご自分のからだへの関心”は、受診出来ない日があっても、皆さまのご健康を自ら支えるに違いない!と確信します。
歯ブラシなさる際、時々は”手鏡”お持ちになって、ご自分が「なさりにくいところを確認」してください。部分磨きのブラシを使って汚れをとれば、スッキリなさいます。
歯周病の進行は、歯の根の面に、汚れが付き、バイオフィルムになり、細菌の死骸が歯石化してシェルターを形成します。歯の根の面をきれいに保つことが専一です。ですのでホームケア&プロケアの両輪がいるのです。
毎日のホームケアが重要なのは言うまでもありません。
有事になっても、おうちでやれる事はきっちりなさって、お口の健康を守り、何とか乗り切りましょう!
コロナだけでも参っているのに、梅雨入りして真夏のような日もあれば、肌寒い日もありで・・。
マスクが離せない日常では、どうにも息苦しく、さりとてマスクは不安で外せないし・・。
どうすりゃいいのよ~って毎日ではないでしょうか?
そんなうつうつした防護服の毎日に、すばらしいお花が届きました。友人夫妻からです。あちらにもお取込みがあったのに、お気遣いいただいて恐縮でした。
元気出るビタミンカラーのアレンジは、どこから見ても素敵。黄色って、不思議な力がありますね。
パワーが出るというか、食べたくなっちゃう・・?というか。何れにしてもつくづく眺めて、「いいなぁ~、すてきだなぁ~」って思わせて下さる時間を提供くれますね。
野の花も素敵、こうしてアレンジされたお花も素敵!
「花を美しいと思う心が美しい」ってどなたかが言ってたっけ・・。そっかぁ~。
ゆとりも何も失くしそうな今日この頃。
沢山のことに追われる毎日ですけれど、ホッと深呼吸して、身近なものに目をやる余裕が必要ですね。
溢れんばかりのビタミンカラーの花々に、友人夫妻のあたたかいお気持ち感じて感謝するばかりでした。
ありがとう♡
不鮮明な添付画像で失礼します。ふと目にしたPR紙にこんな画像。きれいなブルーの海に亀が悠々と泳いでいます。見ると何やら気になるものが!亀が口にしそうとしてるのは、なんと!ビニール袋。
そう言えばニュースで見ました。揚がったお魚のお腹に、ビニールやプラスティックが一杯だったと。最近スーパーのレジ袋やストロー始め、プラ製品の規制や自粛が遅ればせながら始まってますが、自然界では深刻ですね。
二枚目の画像に、我々人間も海に住んでいました・・とあります。すっかり忘れてましたが、人間も自然界の同じ生き物。つい便利さが当たり前になって、大切な事を忘れがちです。あらためて出来ることから始めようと思わせる広告でした。
塵も積もれば山となる。
小さな努力でも、みんなでやれば未だ間に合うに違いありません・・。と信じて出来ることからやろうと思います。最近はスーパーでも、マイバックをもって買い物する人が増え、SDGsの啓発活動がじわじわ広がっています。
新座市の小学生の方が、SDGsの17ある目標の内、16番目の「平和と公正をすべての人に」をテーマに、ラインのスタンプコンテストで賞を取りました。「人種が違っても公正に分け合えば、けんかや戦争、争いがなくなる」と思って描いたそうです。
海亀のとビニール袋。ショッキングな画像も現実と真摯に受け止め、私達一人一人が考える、まさに今その時。猶予はありません・・
(7月1日より、スーパーなどのレジ袋有料化に伴い、再々掲載させて頂きました)
一ヶ月も前になるが、仏文学者の海老坂武さんが滞在中のパリから発信してらした。あのパリが、コロナで寂れた田舎町のようだったが、5月には車が数珠つながりになって信号待ちしていると。そんな中死者数がその時点で、26380人の内、半数は高齢者施設の住人と・・。
こうした中、批判意識だけでなく、「連帯」と言う言葉がこの社会では未だ生きていることを知り、具体的な支援運動が立ち上げられ、毎晩8時になると窓辺やテラスから、一斉に拍手が起こり、エッセンシャル・スタッフに感謝と連帯感を示していると。フランス語では一文字入れ替えると、「孤立」は「連帯」になる(solitaire・solidaire)。これを語ったのは「ペスト」のアルベール・カミュだった・・。
今後の見通しは決して明るくなく、第二波は確実にやってくる。以前の世界に戻ってはならぬと言う訴えもある。端的に言えば、お金よりも健康、経済よりも環境、そして社会的不平等の撤廃だ。
そこで日本について考えると、せめて「文明」と言う語を頭の片隅に持ち合わせ、何よりも「自分の言葉で」「現在の危機の意味と未来の展望を語ることのできる政治指導者」を選び出すことが先ではないか・・と。
何度も読み返しながら、コロナのもたらした、深く考える機会を、無駄にしてはならないと強く!思いました。
長年ケアに通われる患者さんから「飾って頂けますか?」と見事な胡蝶蘭!見たことない大きさ!
お祝いの席で使われた後処分されると聞き頂いたら、大きすぎて・・とお持ち下さいました。
当院ではいつも何かしら蘭が咲いているので、きっとお上手だと思って!・・と。
思いがけないお申し出に恐縮しながら、何年も経つ先輩?蘭(添付のピンクの蘭たち)も嬉しそうでした。何年も経っている蘭は、本当に好き勝手な形ですが、一つ一つはきれいな蘭です!
コロナコロナで気持ちまで疲弊するなかにあって、お花が幸せ運んでくれました。
大きな鉢を、階段ですのにお持ち下さり感謝でございました。皆様にご覧いただき、お褒め頂いております。
コロナで大変ですが、きれいなお花にふと目をやる時間を皆様と共有でき、嬉しい出来事でした。
あらためて有難うございました。
いつもお洒落な衛生士さんが通勤にしてきたマスク。あまりに可愛いので写メさせて貰いました。アリス!です。
端切れ見つけて手作りとか?まさかに診療中使えませんが、こんな風に生活を彩るスタッフに支えられている、中央歯科です。
さらに、高い健康感お持ちの患者さん方に支えて頂き、私達も出来ることは精一杯致し、やれないことは無理しないでこのコロナを安全に乗り切りたいと思います。
巷にはもう終息したかのような空気もありますが、油断せずやれることは、端折らず手抜かりなくやって、身近な楽しみ見つけながら頑張りましよう。
会話や対話が控えめなこの頃ですが、マスクの下でも、お風呂やトイレの中でも「パタカラ体操」等出来ますから、無音でもお口を動かし、唾液(つば)が出てお口の中を浄化してくれるよう、なさって見てください。
マスクの下であめ玉なめてるよりずっといいですよ。
福を呼びましょう!
自粛解除になっても未々感染者もあり、亡くなるかたも報道され、心落ち着かぬ毎日です。
久しぶり相田みつをのカードが目にとまり、つくづくそうだなぁ~と。当たり前と言えば当たり前。丁寧に生きるにつきるなぁとあらためて思います。
皆さまはいかがお過ごしでしょうか?
ストレスの多い毎日ですが、六月に入り自然界は着々と進んでいます。紫陽花のつぼみは色づきましたし、樹々の新芽も色濃くなってきました。今年はあちこちでドクダミが群生しています。嫌われ者の臭いですが、夕方など白い十字の花びらは、可憐にさえ見えます。
身近なもので、いいこと探しすると、意外や意外「アラッ」ということに出会えます。雨の日でも晴れの日でも、足もと見たり、空を見たりしてみませんか?
「な~んだ」と思うようなことを再発見するのも、結構楽しいですよ。
当たり前ですが、以前に増して仕事上気を配らなければならない今日この頃。帰宅するとふ~っとため息ににた疲労感に溢れます。
するとお電話!「お疲れでしょう?久しぶり神茂のはんぺん買えたから、召し上がって元気出されて下さい」と隣人の高齢者の奥様から。
日本橋・神茂のはんぺんは亡き父の好物でもありました。早速に山葵をちょっとつけてほうばれば、メレンゲのようなふんわり感と丁寧に仕上げられた美しい形に、思わず目を瞑っていただきました。
至福と言うのはこんなささやかな時ですね。甘味のないフワッと口に溶けていく食感に「美味しいねぇ、何だろねぇ」と目をほそめて楽しんでいた父を思い出しておりました。お醤油もつけずに山葵の風味が鼻を抜け、肩の力まで抜いてくれました。
頂いたもう一枚はバター焼きして一垂れのお醤油の香りで楽しもうと思います。
気にしてくださる隣人の奥さまの心遣いが身にしみました。こんな時はよけいベロにも心にも染み渡ります。生身のおつきあいの有難さ、代えがたいものですね。
発表されたサラリーマン川柳 どれも秀逸ですが、私的に三つ・・・・
「タバコ辞め それでも妻に 煙たがれ」
「ギガバイト 時給いくらか 孫に聞き」
「早よ帰れ! 言ってる上司が 帰らない」
情景が目に浮かぶようですね。
ある病院のパンフレットに、地味ですが有益な情報が出ていました。
暑くなって、ペットボトルのお茶を愛用する季節になりましたから、ちょっとお耳を貸して下さい。
ペットボトルのお茶には、酸化防止剤としてビタミンC(アスコルビン酸)を含む製品が多く、このアスコルビン酸は、多くの飲食物に含まれ、食品添加物やサプリメントとしても広く用いられています。
ところが、ビタミンCを多く含むお茶飲んだ後、尿試験紙法による尿糖と尿潜血検査が、偽陰性(本来は陽性だが陰性と結果が出る)になってしまうことが知られているそうです。
ビタミンCは、尿中に排出され、摂取後4~6時間で尿中濃度が最高値に達します。このようなことから、尿検査の前は、ビタミンCを多く含む飲食物やサプリメント、特にペットボトルのお茶を摂取しすぎないように気をつけて下さいとのことでした。
採尿により判断されることも多いので、これは親切なご指摘と思いましたのでお知らせしました。(ある大学の臨床検査部からでした)
知り合いが入院先で(今年初めころの話です)笑いながらクイズくれました。「どっちがコーヒーだと思う?」と。
どちらも殆ど同じ色。各々いいにおい?していいはずなのに、大して匂い変わりないらしい。
さて正解は?
向かって左は麦茶。右は紅茶。コーヒーはありませんでした。
人間は「食べたい!飲みたい!」って視覚やいいにおい から始まるのにね!と残念がっていました。
病床にある方にとって、食べることが、又食べられることが、どんなに大切なことか!
そのお食事!
先ず大事にすることは何だろう?と考えさせられました。
見た目!におい!食感!のど越し、湯気さえも、ご馳走だと思います。
贅沢でしょうか?
今般のコロナウイルスでは、「嗅覚・味覚に異常?が生じている」と感染者の訴えが注目されています。未だ検証はされていないようですが、発熱もない感染者からの情報ですから、重要です。
しかるに、味がわかる・においを感じる事がどれほど幸せな事かと、痛感いたします。日常の何気ない幸せって、大切ですよね。
それと五感を研ぎ澄ませておくこと、それが第六感を育てることにつながったらいいですね。
器用で前向きなスタッフが、新聞で紹介された記事を見て、ガウン代わりを早速手作りしてくれました。頭に入ってるのか?スイスイと手早い。
折角ならガサガサしないビニール袋をと、買いに走りました。
代用のレインコートも使いましたが、夏日には如何せん暑い!脱水したら大変です。院長はサイズが大きいのでまだ試作中です。スムースに動けなければダメですからね。
HPでご案内の様に、当院では使用する基本セット及び器具は、ヨーロッパ基準クラスBの滅菌で、お一人お一人洗浄・消毒・滅菌したパック済みの物をご用意し、目の前で開封。使用器具も一回一回同様に洗浄・消毒・滅菌して対応しておりました。
今回更に、今まで以上に感染予防に注力し、待合室の雑誌・本・おもちゃも片付けさせていただきました。3密を心がけ、ご家族連れでのご来院も控えて頂いております。ご理解ご協力感謝申します。
こんな心砕く気忙しい中、早速に動いてくれるスタッフに感謝するばかりです。お電話やいらしてお励まし下さる患者さん皆様にも感謝しつつ、努力出来ることは端折らず、今出来ないことは無理せず、安全に進めたいと考えております。
今更ですが、お口の中の汚れが、あらゆる病気に悪さすることは明らかです。皆様も油断なさらず、なお一層ご留意なさって、お元気にお過ごしください。季節の変わり目、体調崩されませんようにお祈りいたします。
新聞記事からで恐縮ですが、こんな考察が載っていました。(伊藤亜紗の利他学事始めより)
私達は、自分の行為の結果を自分でコントロールすることはできない。これが利他の難しいところであり、面白いところだ。
可哀想だから、認知症のお父さんのために割り箸を割って持たせてあげた。しかしお父さんは怒り始めた。自分でやろうとしてたのに、邪魔されたと思ったのだ。同じようなことが、発展途上国の経済支援でもしばしば起こる。人道的支援のつもりで投入された資金が、かえって地域の経済を骨抜きにし、貧困を加速してしまうのだ。
人の世の因果はあべこべである。
良かれと思って相手の為にする利他は、自分の定義する善を相手に押し付けるだけの、一方的な利己に終わることも多い。
知多の「他」とは、まずはこの結果のわからなさ、制御できなさなのだと心得るべきだろう。
むしろ利他にとって重要なのは、「隙間を作ること」ではないか。
みなが自己の評価を気にしてきゅうきゅうとなっている組織には、利他は生まれない。
能動的に何かをする前に、他者がするりと入り込めるような余地を空けておくこと。そして、その偶然の出会いを、ノイズとして切り捨てずに次につなげていくこと。
相手の話をただ聞くだけでもいい。じっくり耳を傾け、「面白い」と唸っているとき、私の独りよがりの価値基準は揺さぶられ、他者の入り込む隙間が空いている。利他が始まるのは、きっとそこからだ。
この記事を何度も読み、頭でっかちになっている自分を恥じました。ここでいう「隙間」なかなか出来ないことですが、心してありたいと思いました。
きゅうきゅう、キリキリ・・こんな空気の今、深呼吸して「隙間」を心にとめてやってみようと思います。
昨日までかたい緑だった柏葉紫陽花のつぼみが、白くふっくらとなってきました。もうすぐ開花です。小さなベランダでも四季折々、毎日小さな変化がありますし、ベランダから遠くに見える富士山も、同じ姿は一日たりともありません。ですけれど、雲の動き、空気、聞きなれない鳥の声に、「あらっ」と思うと知らぬうち、穏やかなになっている自分に気づきます。こんな時間を大切にしたいと、つくづく思います。
余裕がなくなったらおしまいですね。急がばまわれ!
休診させていただいてる間、日頃手抜きの片付けを!と思いながら、電話対応に追われているとなかなか出来ず(言い訳)、5月に入ったある日、ちゃんとお昼を食べよう!と完熟トマトをザクザク切り、玉葱タップリ、ベーコン・ソーセージもどっさり入れて我が家風スバゲティを急きょ作りました。
生スパなのでもっちり美味し~い! グリーンと新玉ねぎだけのサラダはフレッシュなオリーブオイルでサッとあえ、グリーンペッパー引いて!香り最高!おなかが満足して、カーテン越しの5月の風が、ガンバレガンバレと通りすぎました。
忙しい時は有り合わせや、買ってきて済ませてしまう日々でしたが、久しぶりのうちご飯食べられ、からだが生き返る気がしました。食事もままならぬ、第一線で活躍なさる皆様には感謝するばかりか、こんな普通の食事をお届けして慰労差し上げたい気持ちです。心身共にお疲れでしょうに・・ご活躍有難く有難く感謝いたします。
ですので、自分の立場で出来る我慢辛坊はもちろん、これを機会に、今までの当たり前を振り返って、自分を、日々を、仕事の仕方を考え直す良い機会を与えられたんだなぁ~と痛感します。
皆の努力、辛坊が実を結びますように・・。
感染者数減少で、終息したような?楽観視した雰囲気致します。
ところがどうでしょうか?安心出来ない状況かと?やることはやろう!と決意新たにしています。
ソーシャルディスタンシング2メートルは、かつてのビートルズが四人で道を渡る間隔とか言われていますが(若い世代にはわかりにくいですね)。私が今はまっているこのハシビロコウ(滅多に動かない・キョエちゃん?との噂あり)が羽を広げた間隔・・とか。
プレゼントに頂いたぬいぐるみで再現してみました・・(笑)
これからはさまざま検証しつつ、普通にしてたこと、当たり前にしてたことを見直すチャンス?暮らしぶりを見直すチャンスなのかもしれません。ファクトフルネスの本を読み始めました。
皆さまはこの数ヶ月如何お過ごしでしょうか?ある程度の年齢になると変える!変わる!のは大変ですが、頭柔らかくして、変えてみるチャンスかも?と感じています。過去をどうこういうのでなく、変わる必要があるのでしょう。
やるかやらないか!が問われています。
多くの犠牲払ったコロナから学ぶこと、立ち止まって落ち着いて検証し、一歩を踏み出すこと、他人の中で生かされてる自分を考えると、やらなきゃならないことは明らかです。
どこにでもある自販機。
当院にも以前、待合室に置かせてください・・と営業の方が来たことあったっけ!
その時はまさにチョコチョコ飲みが、カリエスリスク!のトピックスとわかった時でしたし、お茶だけの自販機でもなく、うす甘いミルクティとかもあるしと思い、お断りしました。それほど、自販機置けるほど広くもないし・・。
今時の自販機には、防犯カメラもついてるとか・・。
エ~ッ!
でもよいこともあります。
最近は、女性の要望に応えて、「常温の飲み物」を増やしてるとか。お茶もジュースの一部もですって。
私もあまり冷たいものは苦手ですし、今女性は「体を冷やさない」に注目してるので、それに応えたんですね。その他「しまうバッグが濡れる」又「キャップがぶら下がるように・・」配慮して常温飲み物が販売されてるようです。
(裏話として・・)自販機の上よりも、視線が集まるのはなんと!「左下」だそうで、ここに注目・主力商品を置くのだとか・・!
自販機ひとつにも、工夫やさまざまあること知って、ビックリでした。(こう原稿入力していたら、丁度NHKのカネオ君でクイズになってました)
こうしてお茶はペットボトルで飲むのが普通になってきて、小学校などでは、お湯を沸かして、急須(どびん)でお茶の葉を入れ、お茶碗にそそぐ。ということを、あらためて教えることもあるそうで、急須を知らない子供が、急須を直火に乗せようとしたこともあったそうです。
ヤレヤレ・・。
コロナウイルスの警戒があちこちで解け始めても不安・・の中、医療現場だけでなくそれぞれがまだ大変な状況の中、第二波が意外と早く来るのでは?という見解があるようです。
急な暑さにエアコン使い始めると、ウイルスの空気を循環させてしまうので、換気は必ず必要!と。
新たなご指摘に耳傾け、南半球での感染拡大にも注目して、世界はつながっていることを認識して、なお一層油断せずにやれる事は致しましょう。
休診させていただいてる間、日頃手抜きの片付けを!と思いながら、電話対応に追われているとなかなか出来ず(言い訳)、5月に入ったある日、ちゃんとお昼を食べよう!とトマトザクザク切り、玉葱タップリ、ベーコン・ソーセージもどっさり入れて,あり合わせ我が家風スバゲティ。生スパなのでもっちり美味し~!
グリーンと新玉ねぎだけのサラダはフレッシュなオリーブオイルでサッとあえ、グリーンペッパー引いて!かおり最高!
カーテン越しの5月の風が、ガンバレガンバレと通りすぎました。
忙しい時は有り合わせや、買ってきて済ませてしまう日々でしたが、久しぶりのうちご飯食べられ、からだが生き返る気がしました。
食事もままならぬ、第一線で活躍なさる皆様には感謝するばかりか、こんな普通の食事をお届けして慰労差し上げたい気持ちです。心身共にお疲れでしょう・・ご活躍有難うございます。
自分の立場で出来る我慢辛坊はもちろん、これを機会に今までの当たり前を振り返って、考え直す良い機会を与えられたんだなぁ~と痛感します。皆の努力、我慢・辛抱が実を結びますように。
新型コロナウイルスの脅威を理由に、日々の暮らしが閉ざされる今こそ、自分で考え、自由な心で生きていこう・・そんな示唆に富む、文化人類学者・批評家の今福隆太さん(64)の東京外語大学「最終講義」の詳細を新聞で知りました。
クレオール(混血)文化研究の第一人者である今福さんは権力と個人の関係を考えされられた、19世紀アメリカの思想家ソローと言う方を主人公にした朗読劇を披露し、「思考停止に陥ることなく、冷静に考え、信念を貫く芯の強さを持つべきだ」と伝えるような筋書きだったそうです。
緊急事態宣言が全国に拡大し、人々の暮らしは様変わりしました。今福さんは今、外出自粛で「生身の人間の親密な語り合い」の意義が見失われていることを危惧されているようで、テレワークやオンライン飲み会など、テクノロジーで代替する動きもあるが、「テクノロジ―の世界に移行すれば解決できる・と言うようなテクノロジー楽天主義は、現実を見失っている」と警鐘ならしているそうです。
「場所を共有しながら親しく交わることで、思いがけない思考の発露を発見する機会は、とても重要です」と改めて語り、「手紙を生身のコミュニケーションの手段としてとらえなおすことも出来るし、電話やラジオによる声の伝達にも新しい意味があるかもしれない」と、古くからの伝達手段が持つ「生身」の要素の大切さを口にされたようでした。
きっとどなたも、テレワークやオンライン飲み会だけがいいとは思ってないでしょうし、今仕方なく取ってる手段がそうなだけで、どなたも「生身」の有難さ・ぬくもりなど、懐かしく思いながら事態の終息を願って、我慢したりしてるのではないでしょうか?どっちかが良いと言う問題でなく、我慢せざるを得ない今だからこそ、「生身」の重要さ・意味がよくわかるのですね。
「生身の語り合い」の大切さ。
充分に享受できる日を夢見て、我慢したり辛抱したりしましょうか・・。必ず解決される日が来ると信じて!今は辛抱時・・。